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古代ギリシア彫刻『芸術』’官能美’を目的として
「アテネ国立考古学博物館」収蔵の作品を歴史
に沿って引用紹介する形でブログページを掲載
してきましたが…、
今回は、考古学的な調査によれば古代ギリシア
の青銅製彫像で、隣国イタリア半島の‘つま先’
別名「ヨーロッパの(柔らかい)下腹部」
マグナ・グレシア国立博物館
(Museo Nazionale della Magna Grecia)、
レッジョ・カラブリア国立考古学博物館
(Museo Archeologico Nazionale di Reggio Calabria)
に現在は展示されている、
2体の’男性’彫像の『芸術』‘官能美’…
:『芸術』”男性”彫像の‘官能美’
(リア―チェのブロンズ像《A Giovane(若い男)》《B Uomo maturo(壮年の男)》
リアチェブロンズブロンズAは、トップに加工された仕上げの髪と、個別にモデル化されたロックを備えた密集した豊富なあごひげがあります。サナダムシは額に適用され、カールを囲み、髪型に威厳を与えるバンドです。ブロンズBは滑らかな頭を持ち、顔が覆われないように頭に上がったコリント式のヘルメットをよりよく収容するために上向きに変形されています。Riaceブロンズ
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www.museoarcheologicoreggiocalabria.it
上記リンク…イタリア:レッジョ・カラブリア国立考古学博物館
公式HPより引用抜粋翻訳文及び画像
続けて…
Wikiより引用画像,翻訳文章抜粋>
マグナ・グレシア国立博物館
(Museo Nazionale della Magna Grecia)、
レッジョ・カラブリア国立考古学博物館
(Museo Archeologico Nazionale di Reggio Calabria)、
または
パラッツォ・ピアチェンティーニPalazzo Piacentiniは、
南イタリアのレッジョ・カラブリア州にある博物館で、
マグナ・グラエキアの遺跡からの考古学コレクションを
所蔵~そのコレクションの中で最も注目すべきもの~
レッジョ県で発見された、保存状態の良い紀元前5世紀のリアチェのブロンズ像2点は、ギリシア時代の最も重要なブロンズ像であり、その巨匠彫刻家による数少ない生き残りの一つと考えられています。最近の研究では、彼らがテーバイに対抗する七神のより大きなグループからテューデウスとアンフィアラオスを表している可能性があることが示唆されています。>
歯が見える
手の静脈までも再現してる『芸術』
>引用文抜粋
1972年に海の底から引き揚げられた、人類のお宝である。
紀元前五世紀に製作された古代ギリシャのブロンズ像が
現代まで生き残る事自体がきわめて希。
これらはさらに最上の質をも兼ね備えている。
イタリア半島の つま先の端
(私的補足:シチリア島との海峡入り口)
古代ギリシャのブロンズ彫刻が支えなしで自立している
という事自体にまず、驚きを感じる。
接地面は人間と同じく両足の面積しかないのだ。
紀元前五世紀につくられた当時も石の台座に固定されて
いただろうが、二千五百年近くを経た現代ではそれ以上
の自然さで立っている。(現在の台座は免震構造)
この二体は髭の濃い若い人物をA、*Giovane(若い男)
細長い頭で兜をかぶったように見えるもう少し年長の
人物をB、としている。*Uomo maturo(壮年の男)
A *Giovane(若い男)
内部に残っていた粘土から紀元前460年ごろにアルゴスで
造られたと考えられる。右手には長い槍を地面に垂直に
立てて持っていたと考えられる。確かにそのような手つき
である。
左手には盾。頭は兜をかぶっていただろう穴が見られるが、
この兜は一度完成した後に付け加えられたかと推察される。
Bと比べて、兜がない頭も完全に造形されているから。
兜自体はみつかっていない。
目は当初象牙と思われていたが、分析の結果カルサイト
(方解石)である事がわかった。唇は銅。歯はひとつ
ひとつ銀の板でできている。歯がわざわざ強調されいる。
この事から、「テーバイ攻めの七将」のうちのTydeus
(トゥーデウス)だと推察されている。
アルゴスの将の一人だった彼は、アテネ神から不死を
与えられようとしていたが、テーバイとの戦場で瀕死
となった時、敵の頭をかち割って脳みそに噛りつくと
いう所業に出た為、神に疎まれ、死を迎えたとされる。
こんな逸話を持つ人物だからわざわざ歯を見せた形で
つくったのだとされているのだ。
B *Uomo maturo(壮年の男)
Aより30年ほど後にコリントで製作されたと、内部に
残された土から推察されている。
Aとセットの作品ではなかったのだ。
はじめてこの二体の存在を知った時、当然この二体は
セットで制作されたのだと思い込んでいた。大きさも
Aが2メートル05センチ、Bが1メートル98センチと
ほぼ同じ。コントラポストに立つ様子も両手の位置も
似ているから。
これらはしかし、同じ船で輸送されている途中に海中に
沈んだだけだった。元あった場所はちがったらしい。
船が沈んだと思われるローマ時代、誰かがこの二つを
ペアにして売り込もうと考えられたのか?
細長い頭部は未完成である。もともと兜が被せられて
いたたかと推察できる穴がある。これは、製作当初から
木製の兜を装着させるためにあったらしい。
耳が下半分だけしっかり描写されていることからも、
兜付がもともとの姿だったことがうかがえる。
目はカルサイト(方解石)。
片方しかないが、何もない目の方が意志の力を発して
いるように見えた。
※ローマ国立博物館(パラッツォ・マッシモ)にある
「休息する剣闘士」と同じように、時に
「存在しないこと」によってこそより深い表現になる
ことがある。
右腕、よく見ると少し色がちがっている。分析の結果
オリジナルではなく、古代に修復されたものだと
分かった。それは、材料分析で裏付けられた。
オリジナルの部分は銅と錫二つの合金。ローマ時代の
修復部分は鉛を加えた三種の合金でつくられていた。
左腕もオリジナルではなかったが、上腕部分だけは
オリジナルの材料を溶かして再利用していた。肘から
指先までは右腕と同じローマ時代の材料であった。
>*は私的追記 以上、引用抜粋(旅倶楽部「こま通信」日記 様より)
リアチェのブロンズ - 旅倶楽部「こま通信」日記
>別引用文より抜粋 *
驚かされるのは、髪の毛やあごひげの造りの緻密なこと、
そして腕や脚に浮かぶ血管までがリアルに表現されて
いることである。
素人目には分からないが、Uomo maturo(壮年の男)の
脚の筋肉のつき方は乗馬を習慣とする男のそれであって、
Giovane(若い男)の方は、こちらもよく鍛えられている
ことは確かだが、馬乗りの脚ではないのだとか。
こうした肉体の細部へのこだわりは当時の医学・
解剖学の水準の高さを思わせるものだ。
ブロンズ像の内部に残る粘土の分析から、
Giovaneがアルゴス周辺で、そしてその
三十年ののちにUomo maturoがアテナイ
周辺で制作されたことが推定できるそうだ。
二体の像をよく見比べてみると、勇ましい
Giovaneの身体は少し硬くこわばった印象が
ある一方で、Uomo maturoはより自然体で、
リラックスしているように見えないだろうか。
この点に、粘土の化学的分析から判明した
三十年という時間の差が、造形スタイルの
違いとして表れているようだ。
Giovaneは、アルカイック・スマイルと
呼ばれる穏やかな微笑みが特徴の、直立
不動の人物像が作られたアルカイック期
が終わり、より自然で躍動感のある人体
表現が志向されていた頃に制作された作品、
一方Uomo maturoは、そうした新しい
スタイルが確立した時代、前450年以降の
ギリシア芸術の絶頂期(クラシック期)
の作品なのである。
>以上*
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